11/25-30、チベット旅行を6日間の日程で計画した。時期は11月後半とシーズンオフの季節だが、
その分飛行機や列車の切符が高くない値段で入手しやすくなり、観光客も少ないので行動しやすくなる。
チベットに入境するには他の地域とは異なる複雑な手続きが必要になる。
それでもチベットを訪れたいと思う人は数多く、毎年多くの観光客がチベットを訪れている。
政治的な事情以外にも、地理的な事情も相まって、チベットに秘境のようなイメージを持つ人も多いだろう。
壮大で美しい風景は多くの観光客を魅了してやまない。手付かずの自然の中でテントを張ってキャンプをしに訪れる日本人観光客もいるそうだ。
そして、チベットはその独自の発展をしたチベット仏教の中心地でもある。チベットを含め、青海省、甘粛省南部には信仰心の厚いチベット族が多く生活しており、
中国沿岸部の経済発展とは一定の距離を置いているように見て取れる。果たして彼らはどんな生き方をして、どんなことを考えているのだろうか。
空路でチベット自治区のラサへ行く方法はいくつかあるが、
今回は青海省の西寧からラサへ向かうことになった。まずは西安にある咸陽西安空港から西寧へのフライト。
朝7時の便(四川航空3U8687便)で西寧には9時前に到着する。
途中、機内から西寧郊外の有名な景勝地である青海湖を眺めることができる。
青海湖は面積4500平方キロメートルと、日本の琵琶湖の約6倍の広さをもつ巨大な湖だ。
湖岸の菜の花が満開となる毎年夏のシーズンになると、中国全土から観光客が訪れ、西寧中の宿泊施設がいっぱいになる。
機内からでも青海湖を一望することはできない。中国の広大さをまたひとつ目の当たりにした思いだ。
西安の標高約400メートルに比べて、西寧は約2200メートル。かなり高所だ。
西寧空港に到著。約1時間後に同じ飛行機でラサに向かうのだが、それまで搭乗ロビーでひと休みとなる。
西寧は回族の多く居住する街なので、周りを見るとやはり回族の人たちが多い様子だ。白い帽子を被っているのが特徴だ。
陽の光がロビーに差し込んで心地よい。ガイドブックをめくりながら搭乗の時間を待つ。
西寧からの飛行機はほぼ定刻通りに離陸し、正午頃ラサ空港に到着。
ラサは快晴だ。到着ロビーでチベット人ガイドのドルジさんが出迎えてくれた。
空港を出る前に、必ずガイドさんと空港の到着ロビーに併設されているパーミット管理事務所の窓口にパーミット(入境許可)の書類を提出しなければならない。
外国人がチベット自治区に入るには、事前に旅行会社経由でパーミット取得の申請を行う必要がある(2016年12月現在でも同様)。
チベットへ入る列車や航空券を購入する際にも必要なのだ。
またチベットに入ってからは、必ずパーミット申請時に決めた旅行会社のガイドと行動を共にしなければならない。
この規則を破ると、旅行会社の営業許可取消という重い処罰を課される。このようにチベットを旅するには多少のハードルが存在することは否めない。
しかしその分だけ、無事にラサに到着したという感動もひとしおなのである。
空港を出ると暖かな陽射しが心地よく感じられた。空気もうまい。ラサの標高は約3700メートル。日本の富士山の頂上と同じ高さにいるということが信じられない。
ラサ空港からラサ市街まで車で約1時間の道のりだ。
高原の緑やチベット族の住居群、色鮮やかなタルチョが風になびいているのを眺めると、「ついにチベットに来たのだな」という実感が湧いてくる。
ガイドのドルジさんが、チベット族の住居の壁に張り付いている黒い物体がヤクの糞であることを教えてくれた。
ヤクはチベットや青海省、甘粛省の南部などに生息する牛をひと回り小さくさせた感じの黒毛の動物だ。
ヤクの糞を壁に塗りつけて乾燥させ、暖房の燃料として用いるのだそうだ。
しばらくすると街に入り、商店やアパートなどの建物が多くなってきた。
街並みは中国の他の地域とそう様子は変わらない。ラサのイメージからは想像しにくい高層マンションも見える。
漢族が多く住む地区なのだろう。違うのは商店などの看板にチベット語での表記があるところくらいだろうか。
ドルジさんがもうすぐポタラ宮が見えてくると教えてくれた。車の進行方向左側に、山の上にそびえる白と赤の大きな建物が見えた。
ポタラ宮に近づくにつれて、道を歩くチベット族と思しき人々の数が増えてきた。
コルラをしているのだ。寺院や仏塔の周囲を時計回りにお祈りをしながら歩くことをコルラと呼ぶ。やがてポタラ宮がその全貌を現した。
白く塗られた周囲の建物の中心に赤茶色が印象的なポタン・カルポ(紅宮)が鎮座している。
まさしくここがチベット仏教の中心地だ。チベット族の人々はその多くがこのポタラ宮を目指して巡礼の旅をする。
中には地面にうつぶせになって手を前に伸ばす五体投地と呼ばれる礼拝を繰り返しながら向かう人々もいるそうだ。
想像を絶する世界である。ポタラ宮には明朝見学に訪れる予定になっている。
とても楽しみであると同時に、チベット族の厚い信仰の対象である聖地を訪ねることに身の引き締まる思いもする。
ポタラ宮を過ぎて、北京東路の右手の路地を進んだところにある「クール・ヤク・ホテル」に到着。
荷物を置いてひと休みした後、昼食に出かける。宿の近くにはジョカン(大昭寺)がある。
7世紀に建てられた寺院でポタラ宮と同じく世界文化遺産にも登録されている。
門前には五体投地をする大勢のチベット族がおり、そこかしこで香が焚かれ、煙の向こうからコルラをする人々が現れる。
これもまたチベットならではの風景だ。ジョカンの周辺は「パルコル」と呼ばれる地区で、観光客向けのレストランやショップが多い。
ジョカンを訪れるチベット族と相まって、ラサでもひときわ賑やかな場所のようだ。
昼食はジョカン南東部にある「マイケ・アメ・レストラン」にて。欧米人の観光客も多く、人気のあるレストランだ。ここで焼いたヤクの肉を味わった。
肉自体に味はついておらず、唐辛子のタレをつけていただくもの。やはり牛肉の味に近いだろうか。
高所への対応のため、到着初日はあまり積極的に行動しないことにし、昼食後はカフェでしばらく休憩した後、宿に戻った。
夕食は近くの「ラサ・キッチン」でチベット料理やネパール料理を味わった。英語のメニューも用意されているので旅行客にも利用しやすいだろう。
面白いのは、チベットではフライドポテトがよく食べられるとのことだ。欧米からの影響なのか、または独自の食文化によるものなのか。
ラサでの興味深い発見のひとつとなった。
夕食後は近くの北京東路にあるスーパーマーケットに立ち寄ってみた。
人通りも多く、恐らく旧市街で一番大きなスーパーと思われるが、中国の他の地域のものと比べると規模はそれほど大きくない。
しかしここではチベットならではの商品を見ることができた。松茸である。
青海省からチベットにかけては松茸の産地なのだ。当地方で収穫された松茸が中国産の松茸として日本でも流通しているかもしれない。
乾燥させた松茸が大量に袋詰めされて陳列されている。
値段も日本のものと比べれば格段に安い。こちらだと松茸の炊き込みご飯を作るイメージはないので、やはりスープの材料にでも使うのだろうか。
ガイドのドルジさんが夜のポタラ宮はライトアップされていて綺麗だと教えてくれたので、ポタラ宮まで散歩することにした。
暗闇に明るく雄々しく光るポタラ宮をバックに記念撮影できたのはとても贅沢な経験だった。
夜間でも周囲をコルラしているチベット族がいる。昼間は仕事をし、夜にゆっくりとコルラをする習慣なのかもしれない。
「チベット族にもいろいろな人たちがいます」ドルジさんは言う。ガイドブックの写真からは、チベット族は敬虔なチベット仏教の信仰を持つ人々に映る。
しかし信仰の度合いといっても様々で、信仰を最優先にする人もいれば、生活のための経済活動を優先する人もいるだろう。
お金儲けが好きなチベット族もいれば、怠け者のチベット族もいたっておかしくない。日本人にもいろいろな人がいるのと同じだ。
チベットで生まれチベットに生きるドルジさんの言葉は、ガイドブックの知識から更に一歩視野を広げる示唆を与えてくれる。
朝7時頃起床し、支度をして外に出る。ポタラ宮の見学の前に朝の腹ごしらえだ。
ドルジさんがジョカンの近くの路地裏にあるチベット族の集う食堂に連れて行ってくれた。
一見食堂とは思えない普通の住居のような建物に案内された。広々とした屋内に所狭しとチベット族の人たちが食事をしている。
暖房の効いていない屋内にそこかしこに湯気が立ち上っている。ほとんど満席。
みな麺を食べているようだ。運よく空いていた席に着くと、ほどなくテーブルに麺が置かれた。沖縄のソーキそばのような食感の麺だ。
スープもあっさりとしていて、朝食にぴったりな味わいでうまい。一心に麺をすする。
相席になったチベット族の夫婦と目が合った。私が観光客であることは服装や髪型などから一目でわかるに違いない。
それでも怪訝そうにする様子はなく、二人とも穏やかに微笑みながら私たちが麺をすするのを眺めていた。
8時過ぎにポタラ宮に到着。観光シーズンでないせいもあるが、観光客の姿はまばらで、入場を待っているのはチベット族がほとんどだ。
頻繁に参拝に訪れるチベット族のために、ポタラ宮の入場料金はチベット族に対しては低めに設定されているそうだ。
毎日ポタラ宮を参る人たちもいるだろう。
あるいは遠方から旅をしてようやくラサにたどりついた巡礼のチベット族もいるに違いない。ポタラ宮はチベット族の人々の様々な思いが交錯する場所でもあるのだ。
観光客はそのような人々の邪魔をすることなく見学しなければならない、ポタラ宮からはそう思わせるオーラを感じる。
ポタラ宮の建設が本格的になったのはダライ・ラマ5世の時代、1600年代の半ばから、50年の歳月をかけて造営が進められた。
地上13階建て、建築面積1万3000平方メートルの建築物は世界でも類を見ないそうだ。
当代のダライ・ラマ(14世)でさえ全部でいくつ部屋があるかわからなかったというほど総部屋数は膨大で、
ダライ・ラマの権威をひときわ象徴する大きな効果を醸している。中でもダライ・ラマ5世の霊塔が安置されている霊殿は、
高さ15メートルの塔を膨大な金、ダイヤモンド、メノウ、ヒスイで装飾した大変豪華でみどころのひとつである。
入場して宮殿まで向かう。宮殿は山の上に建っているため勾配の急な道が多く、宮殿内も階段の昇り降りが多い。ここは富士山の頂上と同じくらいの高さである。
息が切れやすいので、急がずにゆっくりと見ていくのがよい。
宮殿内は写真撮影禁止で屋外はOK。建物と建物の移動の際に外に出られるので、そこからラサ市内を一望できたり、神々しくそびえる紅宮を間近から撮影できる。
仏殿にはその規模に関わらず、必ず果物やお酒、火の灯されたろうそくなどが備えられており、独特の匂いが立ち込めている。
何かチーズを熱して溶かしているような、そんな匂いなのだが、それはこのろうそくに理由がある。
ヤクの乳から採ったバターで作られているのだ。慣れてくると、年配のチベット族からも同じ匂いのすることに気づくだろう。
ヤクはすごい。その肉が食用になることはもちろん、ろうそくの原料になったり、糞が燃料にもなる。チベット族とヤクは切っても切り離せない関係なのだ。
見学を終え、出口に向かう下り坂で手をつないで歩くチベット族の老夫婦を見かけた。
毎日こうしてふたりでポタラ宮を訪れるのだろうか。
ふたりがこれまで過ごしてきた時間、年月のことを想像すると、とても穏やかな気分になった。
ポタラ宮の出口周辺には玉石や木のブレスレットなどを売るチベット族が多い。
興味のある人はここでチベット族と交流しながらおみやげを買うのもいいだろう。
興味がなければなるべく立ち止まらない方がいい。何十メートルも着いてきてしつこいのだ。
少々気の毒だが、買う気がないのならば相手にすべきでないのはチベットにおいても同様だ。思わぬトラブルの元となりかねない。
ポタラ宮を後にして向かったのはポタラ宮の西に位置するノルブリンカ。
インドに亡命しているダライ・ラマ14世はじめ、代々のダライ・ラマが避暑に訪れていた離宮のある庭園だだ。
園内には動物園などもあり、のんびり過ごせそうなよい場所だ。見どころはダライ・ラマ14世が実際に生活をしていた離宮「タクテン・ミギュ・ポタン」。
1956年に完成して以来、インドへの亡命までの3年間の夏をこの離宮で過ごしている。
部屋は質素だが、よく見るとレコードプレーヤーが置いてあったり、シャワー室などもあって、ダライ・ラマ14世のおしゃれな嗜好を感じ取ることができる。
彼がまたこのノルブリンカに戻ってくる日は訪れるだろうか。
次の目的地に向かう前に昼食の時間となった。
ガイドのドルジさんの案内でチベット食堂へ。出てきたのは大皿に盛られた餃子の山だ。
チベット語で「モモ」という。蒸し餃子らしい。味も餃子と特段変わらない。朝食に食べたおそばといい、
チベット料理は中華料理のような刺激はない分、日本人には食べやすいかもしれない。どこか懐かしい感じさえする。
モモの山を苦労して平らげ、向かったのは昨日門前を通りかかったジョカン。
昨日と同様、門前では多くのチベット族が五体投地を行っている。ジョカンの歴史はポタラ宮よりも古く、吐蕃全盛の時代7世紀に遡る。
ソンツェン・ガムポ王に唐、ネパールからそれぞれ嫁いできたふたりの王妃が、王の菩提寺として協力して建てた寺院だとされている。
院内は白人の団体客の姿も見え、ガイドの説明に熱心に耳を傾けている。しかしやはり観光客よりも巡礼のチベット族の方が多いようだ。
みな念仏か何かを唱えながら、思い思いにお参りをしている。仏殿に祀られている仏像以外にも、
チベット寺院で見逃せないのは仏殿を彩る細かな細工の施された装飾品や、色彩豊かに描かれたタンカだ。
タンカはチベット仏教の聖人やチベットの文化、習俗などを描いた掛け軸のことで、タンカは家の廊下に飾れるような小さなものから、
チベットの祝日に寺院の門前で掲げられるような巨大なものまで様々で、チベット芸術の様式として有名だ。
青海省の西寧市にある文化博物院にはギネスブックに登録された長さ618メートルものタンカが展示されている。
チベット芸術に関心があるならぜひ西寧も訪れておきたい。
参観していると、院内には仏殿の他に、規模は小さいが修行僧たちの住居もあることがわかる。
ポタラ宮にも住居部があるのだが、見学ルートから外れているため宮殿の全体図等を確認しない限り気づかない。
ポタラ宮やジョカンに限らず、チベット寺院には修行僧の住居が長屋のごとく密集して建てられており、
このちょっとごちゃごちゃした感じが、私のチベット仏教に対する複雑さのようなイメージをもたらしている。
ラサ滞在最後の目的地セラ・ゴンパは市内北部に位置するセラ・ウツェ山の麓にある。
郊外にあるため、街中にあるポタラ宮やジョカンとは少し趣を異にしているが、1419年に創建され、
多くのチベット僧が修行し、日本人僧の河口慧海らも学んだ歴史ある寺院である。見どころは平日午後に中庭にて行われる問答修行だ。
このためセラ・ゴンパには午前中でなく、午後の15時前に到着して参観するのが好ましい。
修行僧が中庭に集まり、独特の身振りを交えながら問答の掛け合いをするのを見学することができる。
1対1で両者互いに譲らず迫力のある掛け合いもあれば、数人対ひとりで集中攻撃を受けているような少し気の毒な掛け合いもあり、
彼らが何を話しているのか聞き取れれば、さらに興味深い時間を過ごせるだろうと思った。
夕方宿に戻り、漢族風の鍋料理の店にて。店内ではバンドがチベット音楽を演奏しており賑やかだ。少しビールを飲んだ。
高所なので飲み過ぎには注意。シャワーを浴びるのもできるだけ控えた方がいいそうだ。明日早朝、シガツェに向けて出発する。
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