ラサの観光スポット紹介

ラサは中国チベット自治区の区都で、チベット語では「神の地」、「仏の地」という意味を持ちます。 人口は屋う42万人で、チベット族が約87%を占めます。
 近年「西部大開発」によって目覚ましい発展を遂げていますが、 一方では過剰なまでの建物の建設、自治区外からの移民などに対して懸念の声も上がっています。
 またその一方では古き良きチベットの香り残る旧市街や、五体投地の巡礼者にぎわうジョカン寺周辺バルコル、ポタラ宮などチベットの文化、 習慣が見られます。そのため見どころは多く、国内外問わず旅行者は年々増え続けています。

ポタラ宮殿

サンスクリット語で【観音菩薩が住む地】という意味の ラサのシンボル的存在のポタラ宮殿はラサの街の西端であったマルポリ(赤い丘)に1645年ダライ・ラマ5世によって正面右の白宮の造営が開始され、 ダライ・ラマ5世の死の10年後、摂政のサンギェ・ギャンツォが紅宮を完成させてようやくすべてが出来上がりました。 以来、ダライ・ラマ14世が1959年にインドに亡命するまでの間、白宮はチベットの政治の中心、紅宮は宗教の中心となりました。
 一説によると、内部には999の部屋があると言われ迷宮のように入り組んでいます。

ジョカン(大昭寺)


チベット全土から聖地ラサを目指す巡礼者はラサ最大の聖地であるこのジョカンに詣でることが目的です。その歴史は7世紀、吐蕃のソンツェン・ガンポの 死後、ネパール人王妃ティツンが亡き王を思い建てられたというのが定説ですが、実はっきりとは分かっていません。
 現在、ジョカンの立つ場所は、元々湖であったため、ヤギを使って埋め立てに使う砂を運びました。そのため【ヤギの土地】、 チベット後でヤギ=ラ 土地=サで現在、ここがラサと呼ばれるようになったという言い伝えがあります。

バルコル(八廓街)

 ジョカンの周囲をぐるりと回る露天街。生活必需品やマニ車、お香、珍しいものではアンモナイトの化石など多種多様で、散歩するにはもってこいの場所です。また、五体投地をする巡礼者、 御経を唱える僧侶の姿なども見ることができます。

ノルブリンカ(羅布林卡)

 ダライラマ7世が造営を始めました。毎年チベット歴の4月から9月までの間は夏の離宮として利用されていました。 ノルブ=宝 リンカ=公園の意味です。主な見どころは1954年に完成したタクテン・ミギョル・ポタンで、 新しいもの好きと言われるダライ・ラマの性格を反映してか、多くのヨーロッパ製品が見られます。しかし、ダライ・ラマ14世が ここを利用したのはわずか5年間だけでした。1959年にはチベット動乱によりインドに亡命することになりました。  敷地内には動物園もあります。

西蔵博物館

 ノルブリンカの前にある博物館です。ダライ・ラマ、パンチェン・ラマの事跡やチベットの文化や歴史を紹介した博物館です。

セラ・ゴンパ(色拉寺)

ツォンカパの弟子であるジャムチェン・サキャ・イェシェが創建した、ゲルク派の大寺院です。チベットが鎖国していた頃、多田等観や河口彗海はここでチベット仏教 を学びました。毎年チベット暦12月15日には【セラ・ブルジェル】が開催され、インドからこの地に飛んできたと言われるプルパが公開されて盛り上がります。 また、毎日、午後3時くらいから行われる僧侶たちが行う問答修行は見ものです。

デプン・ゴンパ

15世紀、ジャムヤン・ジュチェによって創建されたゲルク派最大の寺院です。最盛期には1万人の僧侶がいたと言われています。
 以前デプン・ゴンパの首座には相当の権力が与えられており、モンラム祭の際にはラサの行政を任されていました。現在の デプン・ゴンパは大集会堂、寝殿、学堂、僧坊で構成されていますが、その中心となっているのは大集会道です。 大集会堂は床面積4500u、3階建て。183本の柱で出来ています。
 1階にはショトン祭に公開るダライ・ラマ3世、4世の霊塔、 2階には15m もあるチャンパ仏などがあります。また、4つある学堂のうち、ダライ・ラマ14世が学んだゴマン・タツァンは有名です。

ネチュン・ゴンパ

デプン・ゴンパの南東に位置するゴンパです。
 ダライ・ラマがチベットを統治していた時代に、新年の吉凶を占う任を負っていた神託官ネチュンが暮らしていました。 文化大革命で破壊されてしまい、神託官も亡命してしまいました。

カルマ・シャル・ゴンパ

ネチュン・ゴンパの神託官と並び、カルマ・シャルの神託官もチベットの国運を占う任を負っていました。
 ゲンドゥン・トゥプ(ダライ・ラマ1世)、グルリン・ポチェ、チェンチクが祀られています。

ラモチェ(小昭寺)

 ジョカン(大昭寺)と並ぶ古寺です。ラモチェにはラサの2大密教学院の1つギュトゥ・タツァンがあります。
 唐から嫁いだ文成公主が嫁入り道具として持ってきた釈迦牟尼像を本尊として建てたとされていますが、 経緯は不明ですがジョカンに移され、ラモチェにはネパール人王妃のティツン公主の釈迦牟尼像があります。

チャクポ・リ(薬王山)

 元々頂上にはダライ・ラマ5世がメーパ・タツァンというチベット医学を教える学堂があリましたがたが1960年 他の学堂に併合され、学堂は破壊されてしまいました。しかし、北京路に面する白い塔の場所には入場することができ、 ポタラ宮の絶好の撮影スポットになっています。また、山内にはいくつかの寺院がありソンツェン・ガンポが7世紀中期に開削した パラルプ寺という洞窟寺院は有名です。摩崖石刻という大小1000を超える石刻群もあります。

ムル・ニンパ(木如寧巴寺)

 1階はザンバラ・ラカンといい、ソンツェン・ガンポ王の時代、  ここで文部大臣トンミ・サムボータによってチベット文字が作られたと言われています。 その後、9世紀のラルパチェン王によって創建されました。
 2階はサキャ派、ゴンカル・チューデ寺の分院となっています。

ギュメ・タツァン(下密院)

 小昭寺のギュトゥ・タツァンと並ぶ二大密教学院です。節をつけて経文を唱える声明で知られています。

アニ・ツァングン(倉姑寺)

 7世紀初めに創建された尼寺です。本堂には十一面千手観音が祀られています。

トデ・カンサル

 ダライラマ14世が信仰を禁止したゲルク派の一派ドルジェ・シュクデンという護法神を祀っています。

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